2018年2月9日金曜日

医師は病名を家族に告知すべきか?医師はまず本人に告知し本人の意向に沿うべき。

結論から述べると、医師はまず患者本人に病名を告知し、患者本人が家族への告知を希望しない場合には家族には告知してはいけない、ということになる。

最近亡くなられた有賀さつきさんのケースはまさにこのケースで、患者本人の希望により家族にも病名は伝えられなかったものと推測する。この本人の意向を無視して家族に病名を伝えた場合には医療契約違反として損害賠償責任を負う。医師の守秘義務違反として刑事責任や行政責任(医師免許の剥奪等)を負うか否かについてはまだ検討していない。

これが本来の病名告知のあり方で、本人よりも先に家族に告知するなどということは時代錯誤も甚だしく非常識な判断といえる。人間は家族の一員である前に一人の個人である。家より個人が尊重されなければならないというのが戦後の現日本国憲法の考え方であり、世界の趨勢である。

確かに以前は家族の意向を尊重し(戦後、昭和においても)、また、患者本人がガンの告知を希望せず、治療方針は医師や家族に丸投げするという、自分のことを自分で決められない、あるいは、決めたくないという日本人も多かったようだが、平成に入ってからは判例の傾向も変わり、患者本人に告知すれば十分で、家族に告知する義務はなく(家族への告知は患者本人がすればよい)、家族への告知がなかったとして家族の求めた損害賠償請求を棄却するという、極めて至当な判決が出されるようになっている。

病名判明後の治療方針、生き方、死に方を決めるのは患者本人であり(自己決定権・人格権)、患者に病名や治療方法の選択肢に関する説明をしないのは憲法上保障された自己決定権あるいは人格権に対する重大な侵害、人権侵害である。患者には輸血を拒否し死を選択する権利がある。エホバの証人輸血拒否のケースはそれまで軽視されてきた自己決定権・人格権の重要性を世に知らしめるリーディングケースとなり、日本の医療における患者の人権向上に多大な貢献をした。

医療契約・診療契約という観点からも(病気を完治させるという内容であれば請負契約、治療結果に関わらず治療行為を行うという内容であれば業務委託契約)、患者本人との間で合意されていない治療を行えば傷害罪その他の刑事責任を医師は負うことになる。90年代から語られるようになった「インフォームド・コンセント(説明された上での同意)」などという言葉が知られる前から法的には当然のことだった。医師や患者の意識がようやく契約や法の支配という法治国家の常識に追いつきつつある。医者の言うことやることはすべて正しいという権威主義の誤りが認識され患者の権利意識が向上してきている。戦後は疎か、21世紀に入り20年も経過しようというときに、まだパターナリズム・paternalismなどという戦前の家父長制度のようなものを信じて疑わない者は完全なアナクロニズム・時代錯誤であり、淘汰されて然るべき存在である。

患者本人が意識不明の場合でも、やはり尊重すべきは患者本人・個人の意思であり、患者が十分な意思能力・判断力を持っていたときに表明したリビングウィル等が家族の意向より優先されるべきである。そのリビングウィル等を医師が容易に確認できるようにするためにも、マイナンバーと指紋・指静脈等の情報を組み合わせ、生体情報のみから医療機関が患者本人のリビングウィル等の内容(延命治療や臓器の提供等についての患者本人の意思)を照会できる仕組みの構築が必要と考える。

救急搬送された患者の服薬情報を医師が家族に問うことがある。そのとき、お薬手帳で完璧に服薬情報を管理していれば問題はないが、そのようなケースは稀であり、また、そもそも家族の付き添いも本人のお薬手帳の所持もなく、全く服薬情報が得られない場合も多い。そのような場合にはやはり生体情報(指紋・指静脈など)から患者のマイナンバー及び患者が受診したすべての医療機関における服薬や病歴等の情報に医療機関がアクセスできるようにし、診断と治療薬の選択(重複投与や併用禁忌、使用禁忌を避けるなど)に資することができるようなシステムの開発が不可避であると考える。